2007.01.12

おすすめ資料 第7回中国の国語辞典(中中辞典) その二

その一から続き

補足です。 <<現代漢語詞典>>は、前述の通り現代中国語の規範(="普通話"の規範)を示すことを主たる目的としていますので、方言や古語などの記載はありません。ですので、方言は次の[3]などを、古語・文言は次の[4]などを、それぞれ引いてみてください。又次の[2]などの字典もあります。 辞書は、中国語で"工具書"と言うように、あくまでも"工具"=道具=手段ですので、目的に合わせて使い分ける必要があります。

  1. 現代中国語の辞典 < <現代漢語詞典> >第5版 (商務印書館,2005.6) [N823.1-R-61]
  2. 現代中国語の字典 < <新華字典> >第10版 (商務印書館,2004.1) [N823.1-R-59]
  3. 現代中国の方言 <<漢語方言大詞典>> (全5巻.-中華書局,1999.4) [N828-R-12-1~5]<リンクなし>
  4. 古語・文言 <<辞海>> (全5巻.-上海辞書出版社,1999.9) [N823.6-R-54-1~5]<リンクなし>

最後に、中国の国語辞典<<現代漢語詞典>>に載っている日本の国字についてのエピソードを、いくつかご紹介したいと思います。本文とは逆に、国家事業であることがマイナス(?)に働いた一例です。

漢字の中には、中国伝来ではなく日本で作られた、いわゆる国字とよばれるものがあります。「畑・辻・働・匂(い)」などの小学校で習いそうなものから、「鞄・峠・榊・凪」など、あるいは炬燵(こたつ)の「燵」のような難読のたぐいまで、1000字以上あると言われています。 これらの国字は、本文の通り現代中国語の規範である<<現代漢語詞典>>では、当然収録の対象外となるはずです。

ですが、何故かごく少数ながら<<現代漢語詞典>>に載っている国字があります。今回は、そのうちの「畑・働」の2字を紹介します。 ちなみに、上記の国字のうち「辻」は<<現代漢語詞典>>に載っていますが、残りの「匂(い)・鞄・峠・榊・凪・燵」は載っていません。

1."畑" <<現代漢語詞典>>第5版p1350

出典:<<現代漢語詞典>>p1350

内容:"畑" ・・・ "日本漢字,旱地。多用于日本姓名。"
和訳:「畑・・・日本の漢字で、水田ではない農耕地の意。日本人の名字と名前によく使われる。」

毛沢東と畑という日本の軍人が会話したという記述が毛沢東の著作にあるから(日本の国字なのに)載っている、と言われています。よく知られた話ですので、ご存知の方もいらっしゃるかと思います。 これは、<<現代漢語詞典>>初版の作成時(1956-1960年)の編集方針として「毛主席(=毛沢東)の著作にある漢字は全て掲載し、全ての中国人民が毛主席の全ての著作を読めるように取り計らうべし」といった主旨の考えがあったためだそうです。現在もそれが引き継がれているためか、<<現代漢語詞典>>の"畑"の説明は、上記の通り、人名用漢字であるかのような表現になっています。 更に、本文の最後で取り上げた、[2]現代中国語の字典の<<新華字典>>(初版は1957年刊行)では、次のような表現になっています。

出典:<<新華字典>>第10版p478

内容:"畑" ・・・ "(外)日本人姓名用字。"
和訳:「畑・・・ (外来語)日本人の人名用の漢字。」

上記の「毛沢東と畑という日本の軍人が会話したという記述が毛沢東の著作にあるから」という理由そのままの表現になっています。 <<新華字典>>は、<<現代漢語詞典>>と同じ目的で編纂されている上に、編纂も同じ所(=中国社会科学院語言研究所)で出版社も同じです。それでなぜ、初版の刊行から50年近くたった今でも食い違ったままなのか、少々不思議です。 尚、"畑の"発音は"tian"の二声となっています。漢字のつくりの "田"と同じ発音としているそうです。ちなみに「辻」の発音も、同様につくりをとって、"十"と同じ"shi"の二声になっています。

2."働" <<現代漢語詞典>>第5版p326

現在は親字として立てられてはいませんが、近代になって日本から中国へ、いわば逆輸入された漢字です。意味は日本語と同じ「働く」です。発音は"動"と同じで、"dong"の四声です。 国家主導で広めようとしたところ、使う人が全然おらず、"動"の字が「働く」の意味でも使い続けられたため、結局導入からほどなくして、"働"は正字としては使わないことにされてしまいました。 某テレビ番組で紹介されたことがあるそうなので、こちらもご存知の方がいらっしゃるかと思います。

現在は異体字扱いで"動"にまとめられているため、働くの意味では "労動"のように"動"の字で表記されます。<<現代漢語詞典>>p326に、 "働"が"動"の異体字である旨の注記があります。

出典:<<現代漢語詞典>>第5版p326 親字"動"の2より抜粋

内容:"注意 "働"是"労動"的"動"的異体字。"
和訳:「注意 "働"は"労動"の"動"の異体字です。」

この"注意 ~"に書かれている通り、"労働"以外で"働"の字を使わないため、そもそも利用頻度自体低かったことが、"働"の字が使われなくなった一番の理由と思われます。「働く」の意味では通常は"工作" などの単語を使いますし、「"労働"でも"労動"でも意味は分かるから」と言われればそれまでです。 又その背景として、"簡体字"の普及によってなるたけ画数を減らそうとする時流があったこと、古代から同音異義の漢字で代用する習慣があること(例:"注記"の"注"は元々は"註"と書いていたが"注"で代用する書きかたの方が広まっていった)、などが考えられるかと思います。

2007年1月12日(柿)