生物学は苦手で、という人でも、美しい曲線を描いている二重ラセン構造のDNAモデルをどこかで目にしたことがあるでしょうし、現在この分野の研究が驚異的な勢いで進んでいて、われわれの日常生活の中にもかなり深く入り込んでいることはご承知だと思います。生物学と遺伝子学に関しては、竹内久美子の『そんなバカな!』というのが大変面白い入門書ですので、ぜひお読みください。ダーウィンから《利己的遺伝子》説で有名なドーキンスを経て、クリックに至る生物学、遺伝子学の流れがまるで楽しい物語でも読むようにうまく記述されています。
ここから、利己的遺伝子説をもとにまことに面白い竹内理論(時々、本当かな?と思うこともありますが)が展開されますので、存分にお楽しみください。ちなみに、生命がアミノ酸からできているというので、これまで実にさまざまな実験が繰り返されたそうですが、どうしても人間の手では命を生み出すことができないというので、最近では宇宙からバクテリアのような生命体が隕石に運ばれて地球に来たという説が有力だそうです。だったら、その生命体を作ったのはどこの誰なんだ、という疑問がわいてきますが、そこまで行くと神の領域でしょうね。それにしても、生命の宇宙飛来説というのはUFO以上に僕たちの想像力を掻き立てます。
とまれ、遺伝子学、分子生物学の進歩は驚くべきものがあり、これからも人類に多大の益をもたらしてくれるでしょうが、その一方でこのままでは何かとんでもないことが起こるのではないかという不安にも襲われます。そのあたりの恐怖を小説化したのがマイケル・クライトンで、この人の書いた『プレイ―獲物』という小説は、ハラハラ、どきどき、息もつかさぬ展開で読者を魅了します。クライトンといえば、SFの傑作『アンドロメダ病原体』(ハヤカワ文庫SF)の作者として有名ですが、それを知らなくても大ヒットした映画『ジュラシック・パーク』(こちらも訳が出ていて、おなじハヤカワ文庫NVに収められています)の原作者だといえば、ああ、そうか、とうなずかれる方も多いでしょう。『アンドロメダ病原体』も読まないと損をしますよ、と言いたくなる本ですが、『プレイ―獲物』も読みはじめたら途中で止められなくなります。
主人公のジャック・フォアマンはもともとコンピューター・プログラミングの仕事をしていて、鳥や昆虫の生態、集団行動をシュミレートしていました。そうした生物は個体だと知能レベルはきわめて低いのですが、集団になるとたとえばシロアリのように複雑な構造を持つ巨大なアリ塚を作ったり、鳥やコウモリだと大きな団塊を作って天敵から身を守ったりします。主人公はそうした集団行動の持つ特性をうまく利用すれば、役に立つだけでなく、利益まで生み出すのではないかと考えていたのですが、失職してしまいます。幸い妻のジュリアはザイモス社という会社で働いていたので、彼は専業主夫として家事をしています。主人公のアイデアのひとつに、大腸菌やそれよりももっと小さな生命体の集団にカメラの機能を持たせてうまくプログラミングし、人間の体内に送り込めば、中の様子が文字通り手にとるように分かるはずだというものもありました。
ナノテクノロジーを活用して微小な生命体の集団にカメラの機能を持たせ、せいぜいトンボくらいの大きさにして軍事用の偵察機として使えば、レーダーにもかからないし、撃ち落される心配もない、そう考えた軍はザイモス社に研究を依頼します。主人公の妻はさまざま実験を繰り返し、大腸菌を使ってそうした微小な生物の集団を作ることに成功するのですが、建物の設計ミスでその生命体が大量に外にもれ出てしまいます。ジャックはその問題を処理するために妻の働いている研究所に呼ばれますが、向こうにいってみると大腸菌をもとにして作られた新しい生命体は昆虫のように群swarmになって行動し、どうやらさまざまな動物を捕食していることが分かります。むろん、人間も例外ではありません。そこから主人公たちとswarmとの壮絶な戦いがはじまるのですが、思いもかけない展開と息詰まる緊張感に満ちていて読みはじめると止りませんよ。解説を書いているサイエンス・ライターの鹿野司によると、この小説にはナノテクノロジー、バイオテクノロジー、コンピューターテクノロジー(人工生命、分散処理、スウォーム・インテリジェンス)などの知識と情報が組み合わされているそうです。同氏はまた、ナノテク先進国の日本の研究についても言及していて、へえーっと思うようなところがあって中々面白いですね。
生物学の話から入ったので、今回は生物学関係の本で締めましょう。お勧めは本川達雄の『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)です。この本は多種多様な生物のさまざまな機能や器官を比較しながら、そのサイズをもとにしてそこに見られる共通点や差異を論じたものですが、独創的な視点に立った面白い説が次々に紹介されていきます。たとえば、ネズミの命は数年で終わり、ゾウは百年近い寿命を持っています。誰が見てもゾウのほうが長生きだと思います。しかし、見方を変えて心臓の鼓動に着目すると、哺乳類のばあい一回息を吸ってハーっと吐く間に心臓は四回鼓動します。そして、あらゆる動物の心臓は二十億回鼓動すると死ぬということになっていて、ゾウでもネズミでもその点はまったく同じだそうです。ですから、ちょこまかと忙しく動き回っているネズミはわずかに三年でゾウの百年分を生きている計算になります。つまり、一生を生き切ったという感覚はゾウもネズミもきっと同じなんでしょうね。
また、ゾウの話ですが、古生物学の研究によると、島に隔離されたゾウは世代を重ねるにつれて段々小型化していくそうです。ところが、ネズミやウサギといった小型の動物は逆に大型化してゆき、これを「島の規則」と呼ぶんですが、著者はデューク大学で過ごした二年間の経験をもとに面白いエピソードを伝えています。アメリカで暮らして感じたのは、学問的な面で言うと、研究者のやっていることのスケールがでかさやとても太刀打ちできないようなすごい学者が何人もいることだと言って、こう続けています。
「大学内にはシュミット―ニールセンをはじめとして偉人が何人かそびえ立っていて、すっかりおそれいってしまったのだが、さて、一歩大学の外に出ると、だいぶ感じが違うのである。スーパーのレジにしても、車の修理にしても、あきれるほど対応がのろいし不適切。これでよく給料がもらえるもんだ!とイライラするとともに、一般の日本人の有能さに、いまさらながら気づかされた。
あ、これは「島の規則」だ!・・・・・・島国という環境では、エリートのサイズは小さくなり、ずばぬけた巨人と呼び得る人物は出てきにくい。逆に小さいほう、つまり庶民のスケールは大きくなり、知的レベルはきわめて高い。「島の規則」は人間にもあてはまりそうだ。」
こういった面白い説がいろいろと出てきますが、ただ説明に数式が多用されているので、数学の苦手な人はそのあたりをすっ飛ばせばいいでしょう。
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