神戸市外国語大学学長

神戸市外国語大学学長
木村榮一
3.23 卒業式にて

ついで、アメリカ大陸の文学ということになりますが、ここから少し駆け足で行きます。アメリカ文学は時代がさかのぼりますが、まずポーでしょう。彼の短編はどれも印象深いものがありますね。とりあえず、「アッシャー家の崩壊」、「赤死病の仮面」「リジア」、「ウィリアム・ウィルソン」、「モルグ街の殺人事件」、「黄金虫」などからはじめられたらいいと思います。

ついで『緋文字』の作者ホーソーン、『白鯨』の作者メルヴィルを挙げなくてはいけませんが、メルヴィルの『代書人バートルビー』も奇妙な味わいのいい作品で、お勧めの一冊です。ヘンリー・ジェイムズも見落とせません。とりあえず『ねじの回転』あたりからはじめられたらいいでしょう。

二十世紀に入ると次々とすぐれた作家が登場してきますが、中でもフォークナーとヘミングウェイ、それにフィッツジェラルドはぼくの大好きな作家です。アメリカ文学を研究しているわけではないので、フォークナーならやはり短編から入っていくといいでしょう。ヘミングウェイの場合もそうですが、どちらも短編から入って長編に進まれるといいと思います。フォークナーでは短編「エミリーへの薔薇」や「あの夕日」(『フォークナー短編集』新潮文庫)がいいでしょうし、ヘミングウェイならどれでもいいですから短編集(新潮文庫)を手にとって読みはじめてください。お勧めの作品は数え切れませんので、まずは「殺し屋」からはじめたらどうでしょう。

Photograph of Herman Melville

Photograph of Herman Melville 1860

折角ですから、フォークナー、へミングウェイの短編を読んだら、以前にお勧めした山本周五郎、あるいは藤沢周平の短編をのぞいてみると、彼我の差に驚くと同時にフィクションの奥深さと多様性にきっと目のくらむ思いがするでしょう。フォークナーの小説では『響きと怒り』が、ヘミングウェイなら『武器よさらば』、それと釣り好きのぼくにははずせない『老人と海』がいいと思います。フィッツジェラルドはなんと言っても『華麗なるギャツビー』(新潮文庫)でしょう。ほかにソール・ベローやB.マラマッドなどもいますし、現代作家にもジョン・バース、トーマス・ピンチョン、リチャード・パワーズなどすごい人たちがいて、今アメリカ文学はとても元気がいいですね。

Foto del escritor Jorge Luis Borges

Foto del escritor Jorge Luis Borges

ついで二十世紀の六十年代からラテンアメリカ文学が世界文学の表舞台に登場してきます。一九三〇-四〇年代からすでにホルへ・ルイス・ボルヘス(アルゼンチン)、アレホ・カルペンティエル(キューバ)、ミゲル・アンヘル・アストゥリアス(グアテマラ)といった作家がヨーロッパで注目されはじめていましたが、この三人のうち特にボルヘスとカルペンティエルの作品がぼくは好きですね。ボルヘスの『伝奇集』(岩波文庫)と『エル・アレフ』(平凡社)は二十世紀のもっとも重要な文学的成果といっても過言ではないでしょう。ただ、ひどく難解で一度読んだだけでは何がなんだか分からないという難点があります。しかし、スナック菓子みたいにするする読めて、皮膚感覚だけを刺激して、はい、読了、といった安直な作品でないだけに、何度読み返しても新しい発見がある稀有な短編集ですので、ぜひ一度挑戦してみてください。ほかに『論議』、『異端審問』、『七夜』といったこれまた難解なエッセイ集もあります。崩れかけた豆腐のように頭がふやけている人や脳みそがオカラみたいにぱさぱさになっている人は、ぜひ一度挑んでみて、自分の教養のなさに涙してください。ちなみにイギリスのある著名な評論家が、無学の深まりゆく時代にあってボルヘスの途方もない博識はそれ自体一種の幻想であるとまで言っていますので、歯が立たなくてもどうか気落ちなさらないように。そうそう、ある人が何年もかけてボルヘスの作品に列挙されている作家、詩人、哲学者、神学者の伝記や引用されている文献や本を調べ上げようとしたのですが、ついに挫折したという話も伝わっています。

カルペンティエルは小説に光るものがありますが、とりわけカリブ海を舞台に桃源郷探索をテーマにした『失われた足跡』(集英社)、新旧両大陸を舞台にフランス革命の動乱期に時代の波に翻弄される若者たちを描いた『光の世紀』がいいですね。

Caribbean Sunrise

Caribbean Sunrise

ラテンアメリカ文学が大ブレイクして、文字通り世界中の読者から注目されるようになるのは六十年代に入ってからで、その火付け役になったのがコロンビアのガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(新潮社)です。マコンドというカリブ海の架空の土地を舞台にブエンディーア一族百年の歴史をつづったこの小説には、あの一族の人々を中心にさまざまな驚異的な発明品をマコンドにもたらすさまよえるジプシー・メルキアデス、シーツに包まって昇天する美少女レメディオス、チョコレートを飲んで宙に浮かぶ神父などが登場して、目くるめくような幻想的な世界を繰り広げるのですが、カリブ海を中心とする地域には通常では考えられないような桁外れの現実が存在しています。そこから、カリブ的な現実を描いたガルシア=マルケスやカルペンティエルの作品は魔術的リアリズムと呼ばれるようになったのですが、二十世紀世界文学のもっとも重要な小説であり、同時に魔術的リアリズムの代表作と目されるこの『百年の孤独』だけはどうしても読んで欲しい一冊です。ガルシア=マルケスの作品としては他に『族長の秋』、『予告された殺人の記録』(以上新潮社)など面白いものがあります。

A scene of Mexican Revolution

A scene of Mexican Revolution

六十年代始まったラテンアメリカ文学ブームを代表する作家としては他に、悪夢を思わせる世界を描かせたら右に出るものがいない作家で、幻想文学の傑作を数多く残しているアルゼンチンのフリオ・コルタサル(『コルタサル短編集』岩波文庫)、狂気と妄想に彩られた悪夢の世界を描いた小説『夜のみだらな鳥』(集英社)の作者ホセ・ドノソ(チリ)、同じくチリ出身で、これだけはぜひお読みください、とにかく読み出したらやめられませんよとお勧めしたい『精霊達の家』(国書刊行会)の作者イサベル・アジェンデがいます。

また、ペルーにはアマゾンとペルーの田舎町を舞台に壮大なスケールのこれぞ小説の醍醐味といっていい作品を書いたマリオ・バルガス=リョサがいます。数多くの小説を書いていますが、一冊を上げるとすれば『緑の家』(新潮社)が一押しです。メキシコでは、1900年代の初めに起こったメキシコ革命で成り上がった男の生涯を描いた小説『アルテミオ・クルスの死』(新潮社)の作者カルロス・フェンテスがよく知られています。フェンテスは短編でも力量のあるところを見せていますが、中でも「アウラ」が収められている『カルロス・フェンテス短編集』は面白いですよ。後、アルゼンチンの作家でホモの男の悲恋の物語を描いた傑作『蜘蛛女のキス』(集英社)も見落とせません。

こうして並べると、改めていい小説がたくさんあるなと感心しますね。自分にとって大事な一冊に出会うと、誇張でなく人生が大きく変わることがあります。皆さんがいい本との出会いを持たれるよう祈っています。