しかし、ハードボイルドといえば、やはりレイモンド・チャンドラーを見落とすことができません。最近チャンドラーの『ロング・グッドバイ』(ハヤカワ書房)が村上春樹訳で出版されました。とても読みやすい訳で、長い作品ですが一気に読ませますね。ストーリーも二転、三転して結末が読みきれず存分に楽しめました。ある方と話しているときに『ロング・グットバイ』の話になり、あれはよかったですねというと、それなら村上さんの訳ではないんですが、あの作品の中にTo say good-bye is to die a little
という名セリフが出てくるのですが、その訳についてミステリー作家の北村薫さんの面白いエッセイがありますよ、よかったら送ってあげますといわれ、数日後にその本を送っていただきました。清水俊二訳(早川書房で出ているこの方の翻訳も名訳と言われています)では、その一節が「さよならを言うのはわずかのあいだ死ぬことだ」となっているのですが、それを巡って実にいろいろなエピソードが紹介されています。
これはもともとフランス語の詩で、<パルチール・セ・ムーリール・アン・プウ・・・>となっているそうで、そのアン・プウの訳が「しばらくのあいだ」はどうなのかという疑問があって、そこから北村さんは以前ここでたしか紹介したことのある大沢在昌という作家に問い合わせます。さすが日本を代表するハードボイルド小説の作家だけあって、訳文と原文がその場でたちどころに口をついて出てきて、説明してくださったそうです。北村さんはそれでも充分納得がいかず、その後もいろいろ調べて似たような文章がアガサ・クリスティーの作品の中にも出てくること、さらにシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』(新潮文庫、岩波文庫)の中にもやはり似たような文章があるというまことに刺激的な話をつづっておられて、思わず引き込まれて読んでしまいました。村上訳の『ロング・グッドバイ』、清水訳の『長いお別れ』を読んだら、どうか忘れずに北村薫の『詩歌の待ち伏せ』1,2(文春文庫)もあわせてお読みください。
日本の作家では先ほど挙げた大沢在昌の新宿鮫シリーズがお勧めです。刑事を主人公にした日本のハードボイルド物では傑出した作品といっていいでしょう。新宿鮫シリーズならまず『新宿鮫』、『毒猿』(いずれも光文社文庫)からはじめて気に入れば、残りを読み進められるといいでしょう。これもはまると抜けられませんよ。他にもいろいろあるんですが、『闇先案内人』(文春文庫)、『Kの日々』(双葉社)などもいいですね。
宮部みゆきの小説もいいのがありますね。とても沢山書いておられるので、選ぶのに苦労しますが、さしあたり『魔術はささやく』、『龍は眠る』、『初ものがたり』、『本所深川ふしぎ草紙』(以上新潮文庫)あたりから読みはじめられたらいかがでしょう。
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