以前あるパーティに出席したときに、たまたま言語学の大家といわれる偉い先生の隣に座ることになりました。その方が他の人としゃべっている話が自然に耳に入ってきたのですが、そのときに〈ゴタイトーチ〉という聞きなれない言葉が聞こえてきました。外国語であるような、ないような、それでいてどこかで聞いた憶えのある言葉だったので、気になったものですから、〈ゴタイトーチ〉というのはどういう意味ですかと尋ねたところ、稚気にあふれたその先生はやにわに立ち上がって目の前で実演してくださいました。まず立った姿勢から両膝をつき、両腕を上にあげると前のほうにばったり倒れるのです。その後、膝を上体のほうに引き寄せてお尻を持ち上げると、また両腕を上にあげて前方に倒れこむという動作を繰り返して、尺取虫のように目指す寺院に向かって少しずつ這い進んでいくというものです。その実演をしてくださったときに、件の先生が頬を床にしたたかに打ち付けられたのはおかしいような気の毒なような気がしましたが、それはともかく先生の動作を見て、〈ゴタイトーチ〉が「五体投地」という漢字だということに気づきました。そのとき、ふと以前に読んだ『風馬の輝き』(牧田英二訳、JICC出版局。残念ながら絶版だと思います)という本に収められている「巡礼」に登場する老人の姿が目に浮かんできました。この老人もやはり聖地を目指して五体投地をしながら這い進んでいきます。
『風馬の輝き』というのはザシダワとソーポーという二人のチベットを代表する作家の短編を収めた作品です。解説を読むと、チベット文学というのはそもそも存在せず、文学といえば中国の文学のことを言っていました。最近になってチベット人やチベット人と漢民族の混血の人たちの間に文学に関心を抱く人たちが現れて、文学作品を書くようになってきたそうです。ただ、民族的、政治的な問題が種々あって単純には片付かないのですが、その辺については解説をお読みください。ともあれ、口承文学はべつにして書記による文学的な伝統を持たないチベットの作家たちが、中国語に翻訳されたラテンアメリカの現代文学に影響されて文学的な創作を行うようになったと解説に書かれてあったのにはびっくりしました。その一節を紹介しておきましょう。





