2007年度卒業式にて

神戸市外国語大学学長
木村榮一

以前あるパーティに出席したときに、たまたま言語学の大家といわれる偉い先生の隣に座ることになりました。その方が他の人としゃべっている話が自然に耳に入ってきたのですが、そのときに〈ゴタイトーチ〉という聞きなれない言葉が聞こえてきました。外国語であるような、ないような、それでいてどこかで聞いた憶えのある言葉だったので、気になったものですから、〈ゴタイトーチ〉というのはどういう意味ですかと尋ねたところ、稚気にあふれたその先生はやにわに立ち上がって目の前で実演してくださいました。まず立った姿勢から両膝をつき、両腕を上にあげると前のほうにばったり倒れるのです。その後、膝を上体のほうに引き寄せてお尻を持ち上げると、また両腕を上にあげて前方に倒れこむという動作を繰り返して、尺取虫のように目指す寺院に向かって少しずつ這い進んでいくというものです。その実演をしてくださったときに、件の先生が頬を床にしたたかに打ち付けられたのはおかしいような気の毒なような気がしましたが、それはともかく先生の動作を見て、〈ゴタイトーチ〉が「五体投地」という漢字だということに気づきました。そのとき、ふと以前に読んだ『風馬の輝き』(牧田英二訳、JICC出版局。残念ながら絶版だと思います)という本に収められている「巡礼」に登場する老人の姿が目に浮かんできました。この老人もやはり聖地を目指して五体投地をしながら這い進んでいきます。

『風馬の輝き』というのはザシダワとソーポーという二人のチベットを代表する作家の短編を収めた作品です。解説を読むと、チベット文学というのはそもそも存在せず、文学といえば中国の文学のことを言っていました。最近になってチベット人やチベット人と漢民族の混血の人たちの間に文学に関心を抱く人たちが現れて、文学作品を書くようになってきたそうです。ただ、民族的、政治的な問題が種々あって単純には片付かないのですが、その辺については解説をお読みください。ともあれ、口承文学はべつにして書記による文学的な伝統を持たないチベットの作家たちが、中国語に翻訳されたラテンアメリカの現代文学に影響されて文学的な創作を行うようになったと解説に書かれてあったのにはびっくりしました。その一節を紹介しておきましょう。

チベットトゥルナン寺での五体投地の様子

"Wutitoudi" at Jokhang temple, Tibet
© Luca Galuzzi - www.galuzzi.it

「ザシダワはまず「チベット小説」の形成についてボルヘスの「過去と関係を断ち・・・・・・あたかも創世記第一日の状況の中に身を置いているようである」という言葉を引き、彼らが新しいチベット文学を形成しようとしたとき、それに対立すべき旧文学がなかった、と述べる」

さらにザシワダは、ラテンアメリカ文学ではフアン・ルルフォ(メキシコ)とホルへ・ルイス・ボルヘス(アルゼンチン)がいちばんいいと語りながら、自分が強く惹かれるのは個々の作品もさることながら、あの土地であのような文学を生み出すことを可能にした文化現象、あるいは土地、歴史、地理的環境、宗教的世界、民族であり、それらがチベットと類似していることに注目したと述べています。ラテンアメリカとチベットというまったくかけ離れた二つの土地が思いもかけない形で結びつき、しかもそこから創造的なものが生まれてきたというのは、驚くべきことであると同時に喜ばしいことでもありますね。ザシワダの作品はルルフォの『燃える平原』(岩波文庫)、あるいはプラトーノフの『ジャン』(岩波文庫)を髣髴させる衝撃的な作品です。厳しい自然条件の下にある山岳地帯に生きるチベットの人々の姿を、贅肉をそぎ落とした文体で描き出しているザシワダの作品は読後に忘れがたい印象を残します。また、不思議な幻想性をたたえた世界を描いているソーポーの作品も独特の魅力を備えています。中でも、「チベット、皮紐の結び目につながれた魂」、「ラサへの道」、「風馬の輝き」などの作品はすばらしいもので、ところどころ目と心が洗われるような文章が出てきます。あの訳書の解説を読むと、改めて翻訳の持つ力、というか重要性に気づかされます。

霍健記監督

霍健記監督

一年ほど前、映画『山の郵便配達』の監督・霍建起氏と会食する機会があったのですが、そのときに通訳の人から、こちらはラテンアメリカ文学を翻訳しておられる方ですと紹介されました。とたんに童顔で純朴そうな霍氏の目が少年のように輝き、堰を切ったようにラテンアメリカ文学についてあれこれ質問し、そのあと、私はガルシア=マルケスの大ファンで、中国語に訳された彼の作品は必ず読むようにしていますと話しはじめたのです。読んだといっても、二三冊だろうとたかをくくっていたのですが、霍氏はほとんどすべての作品を読破しておられました。その後続けて、自分はもちろんですが、莫言や中国の現代作家の多くがガルシア=マルケスに強い関心を寄せていますし、彼をはじめとするラテンアメリカ文学の作品は中国だけでなく、チベットの作家たちにも大きな影響を与え、そこから新しい文学作品が生まれてきています、とじつに熱っぽく語られました。ガルシア=マルケスの作品をはじめラテンアメリカの現代文学が欧米だけでなく中国、チベットの映画人や文学者に深い影響を及ぼしているというのは、ぼくにとって驚きであると同時に大きな喜びでもありましたね。

そういえば、ヨーロッパのルネッサンスがギリシア文明の遺産を継承していることはよく知られています。しかし、中世のヨーロッパはギリシアの文明を捨てて、ほとんど省みることはなかったのです。忘れ去られたも同然だったギリシア文明の遺産を継承したのは意外なことに小アジアの国々で、彼らはギリシアの文物を熱心にアラビア語に翻訳し、十一、二世紀頃にはアラビア文明が頂点に達します。そのころからアラビア語に翻訳されたギリシアの文物がイベリア半島とシチリアにもたらされ、その地を中心にしてヨーロッパ系の言語に翻訳紹介されてルネッサンスの礎になった。つまり、ギリシア文明はアラビアを経由してヨーロッパにもたらされ、その文明に決定的な影響を与えたのです。このあたりの事情については伊東俊太郎の『十二世紀ルネサンス』(講談社学術文庫)という名著がありますので、ぜひお読みください。

日本の歴史を振り返ってみても、中国、韓国の文物の翻訳紹介がなければ、おそらくこの国の文化、思想、文学は違ったものになっていたでしょうし、明治以降の外国の文学、思想、文化が日本に与えた影響についても同じことが言えます。

海國圖志

海國圖志

また、時には一冊の本が一国の運命を大きく変えることがあります。たとえば、1840年代初めに中国でアヘン戦争が起こりますが、その後しばらくして魏源がヨーロッパの列強の侵攻に対してどのようにして国を守るべきなのかという思いを込めて『海国図志』という本を書いています。「外国の特技(これは、戦艦、火器、兵の訓練を指す)を学んで外国を制する」という意図の下に書かれたこの本は、すぐ日本に輸入され、その後さらに訳本も出版されました。勤皇・佐幕を問わず当時の武士を中心にして心ある人たちはこの本を読んで、大いに触発され、欧米の列強から自国を守るには、外国からの援助、借款を拒んで自力で国を変えるしかないという思いを持って明治維新という変革期を乗り切ったのです。

ことほどさように、外国の言語をはじめ、その歴史、文化、思想を学ぶことはわれわれが思っている以上に重要な意味を持っていると言えるでしょう。