2011.12.16

おすすめ資料 第130回 専門以外の領域へのまなざし~フェルメールと生物学者の出会い~

オランダの画家フェルメールの名を知らない人はいないのではないでしょうか。おそらくは、美術の教科書で一度くらいはお目にかかっているはずです。本書は、およそ30点強しか現存しないフェルメールの作品を、所蔵するアメリカ、オランダ、イギリスなどそれぞれの国の美術館に実際におもむいてつづられた紀行文です。

今回この本をおすすめする理由は、フェルメールの絵の素晴らしさゆえではなく、著者とその文章に注目してほしいと思ったからです。著者は分子生物学が本職であり、美術が専門ではありません。『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書 2007年刊 [K1891])で「生命とは」という問題をわかりやすく展開され、一躍有名になった科学者です。その福岡氏が、今度は専門の生物学ではなく、芸術の世界を科学の目を通して解するという大変スリリングな試みをされました。もともと美しい文章で定評がありましたが、今回、氏が敬愛するフェルメール作品を語ることで、それは以前よりきわだって感じられます。

すばらしい随筆をものし、人を魅了した科学者としては、日本では寺田寅彦などが知られています。自分の専門に基づきながらも、それを超えた広い興味と視野で物事をとらえ、かつ、たぐいまれな文章力で表現する。専門を超えた知の「深み」と「幅」を感じさせる本書をぜひご一読いただきたいと思います。

2011年12月16日(長)