2026年5月15日
【卒業生お仕事図鑑】外務省(2007年3月卒)

【卒業年月】2007年3月
【卒業学科】国際関係学科
【卒業高校】広島県立福山明王台高等学校
勤務先について教えてください。
せっかくですので、外務省の一般的な紹介ではなく、これまで17年間働いてきた個人的な所感も交えて紹介します。外務省では、東京の本省で約3,000人、在外公館で約3,800人が働いており、本省では様々な外交政策を企画・立案、その海外拠点である在外公館では外交の最前線として様々な外交活動に日々取り組んでいます。同時に、外務省は、195か国との二国間外交はもちろん、安全保障、経済外交、国際協力、マルチ外交(多国間外交)、パブリック・ディプロマシー(広報文化外交)、国際法等の本当に幅広い分野を所掌しています。個人的には、一生学び続けることができる職場であることや、民間でも公的な仕事ができるとはいっても外交は外務省でしかできないこと、どこに配属されても日本代表であることなどが最大のアピールポイントだと思っています。また、日本外交が置かれた現状として、国内では低成長、財政赤字、人口減少・少子高齢化等、国外では法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序が重大な挑戦に晒されるなど、極めて難しい舵取りが求められ、日本を代表して他国や国際社会に向き合う外交官一人一人の責任は重大である一方で、自分の成長により仕事に付加価値を生み、ひいては国益につなげることができることは、外務省の仕事の醍醐味だと思います。
現在のお仕事の内容について教えてください。
現在は、欧州連合日本政府代表部において、総務班、広報班及び官房班の班長として勤務しています。当代表部には、日本から派遣された約40名の外交官等や約30名の現地職員さんが働いていますが、総務班では、政務班・経済班・官房班等の班を超えた各種調整や取りまとめ業務を行ったり、当代表部全体が関わる行事等の企画・実施を行っており、官房班では、大使を含む外交官等の活動を支える会計・庶務・通信・営繕等の業務を行っています。これらのいわば裏方業務を行う一方、広報班では、SNSやHPの運営を含む日EU関係に関する政策広報のほか、EU向けの文化事業や当地のシンクタンクやメディア等との協力事業等も行っています。

欧州連合日本政府代表部(2025年10月):欧州・ベルギー合気道関係者との会合において
現在のお仕事を選んだ理由・きっかけは何ですか?
実は、当初外務省は第一志望ではありませんでした。昔から「公」の仕事への漠然とした関心があったことに加え、これまでの海外での経験等を通じ、逆に日本、特に衰退する地方を良くしたいとの思いがあったことから、地方振興を所掌する他省庁を志望していました。公務員試験に合格した後の官庁訪問で、大学院時代の先輩からのアドバイスで2日目に訪問した外務省で、とある職員の方に、忙しい仕事と家族との関係はどのようにバランスをとられているのか質問した際、家族すら守れない人には国は守れない、と言われて心を強く揺さぶられたことを今でもはっきりと覚えています。その後にお会いした職員の方も同様に青臭いとも思えるような発言を恥ずかしがることなく堂々とされていて、純粋にいいなと思いました。このようにいわば直感で選んでしまったわけで、それまで目指してきたことを土壇場で変更したこと自体は胸を張れるものではないですが、その当時の判断については今でも全く後悔はありません。

経済局政策課(サミット班)勤務時代(2016-2018):G7シェルパチームの一員として
神戸市外大での学びが社会で生かされていると思うことは何ですか?
神戸市外大では、サッカー部に所属し、部活に明け暮れる日々でした。ただ漫然と取り組んだせいか、レギュラーに定着することはできませんでした。部活だけではなくバイトもしていたのですが、例に漏れず勉強はおろそかにしていました。恥ずかしながら、部活を引退した大学4年生時にやっと本気で勉強しようと思い立ち、当時の派遣留学制度を使ってシンガポール国立大学に留学しました。背伸びして受けた授業はどれも難しく、ほとんどついていけませんでした。悔しかったということもありますが、世界が広がったという気持ちが強く、純粋にもっと勉強したいと思いました。その後大学5年生で帰国して留学生向けの就活を少ししましたが中途半端でうまくいかなかったので、もっと勉強するために他大学の大学院に進学しました。大学院では気持ちを入れ替えて一生懸命勉強しました。
このように、学生時代は、その時々の興味の赴くまま行き当たりばったりで過ごし、何もかも中途半端でしたが、好奇心と諦めの悪さというかしつこさだけはあったので、何度も挑戦しては挫折を繰り返しました。この経験が今の仕事にとても生かされていると思います。他の人より遠回りをしましたが、これが自分のペースだったわけで、これについても今でも全く後悔はありません。
また、神戸市外大は規模が小さく、部活をやっていたこともあってか、先輩・同期・後輩たちと家族のように密度の濃い時間を過ごしました。その中で鍛えられたコミュニケーション能力やユーモアなどは今でも非常に役立っています。

在中国日本国大使館勤務時代(2014-2016):大使秘書、大使通訳として
社会人になってから在学中にしておけば良かったと思うことはありますか?
たくさんありすぎて個別具体的に書くのは難しそうです(笑)。勉強はその最たる例だと思いますが、おそらく人生をもう一度やり直してもエンジンがかかり始めるのは大学4年生くらいになるのだろうと思います(笑)。不器用だったりうまくいかなかったりしても何かに一生懸命取り組んでいれば、その時間は無駄ではないと思います。
神戸市外大を志望した理由を教えてください!
語学プラスアルファということで国際関係を勉強したいと考えていたことに加え、ちょっと恥ずかしいですが、神戸の街やファッションに憧れていたことも大きな理由の一つでした(笑)。
神戸市外大で楽しかった授業はありますか?
国際経済学の先生のゼミに所属していたのですが、今振り返れば、これがその後の人生を変えたと思います。私が開発経済学に興味を持つことになったのは、先生が、初学者かつ数学が苦手な学生にも分かりやすく教えてくださったからだと思っています。また、別の先生のゼミにも出入りをし、開発経済関係の英語の本を輪読したり、とても知的な刺激が大きかったことを覚えています。ゼミの先生や国家公務員のOBだった先生が国家公務員試験の受験を後押ししてくれたことも私が国家公務員を目指した大きなきっかけになりました。その後は、他大学の大学院で応用経済学を専攻し、修士論文も開発経済学の分野で書きましたし、外務省に入省後の留学でも一貫して経済学を専攻してきました。
在学中の思い出について教えてください。
やはり部活での思い出が一番多いと思います。愛すべき面白い先輩・同期・後輩たちに恵まれ、日々の練習、試合、合宿、飲み会など、本当にたくさんの楽しい時間を一緒に過ごしました。今でも一番よく覚えているのは、部活の引退試合と部活の同期と一緒に行った卒業旅行です。専攻の授業をずっと一緒に受けてきた国際関係学科のクラスメートもよき仲間たちでした。部活をやっていた関係で学生自治会の役員も務めさせていただいたのも良い思い出です。

部活の同期との卒業旅行(2007年)
就職活動時に外大生で良かったと思ったことは?
国家公務員試験に確実に受かる自信はなかったので、実は民間の就職活動もしました。当時は、開発経済学を勉強し、インドでもインターンをしていたこともあり、ビジネスを通じて途上国の開発に間接的でも関わりたいとの思いから、主に商社を回りました。商社に就職した外大の先輩は多く、部活の先輩にも商社マンが多かったので、商社の仕事については結構イメージがしやすかったことはありがたかったです。
最後に外大生や外大を目指す受験生へメッセージをお願いします!
神戸市外大は規模が小さく、居心地の良い環境だと思います。そういう環境で、しっかりと着実に自分の基盤を作り上げていくことは極めて重要です。ただ、環境次第で新しい世界がいくらでも広がるので、積極的に新たな環境に飛び込んでみることを強くオススメします。留学が最たるものだと思いますが、異質なものと交わり、多様性の中に身を置くことは、単に面白いということに加え、知的な刺激が非常に大きく、これまでと異次元の学びが得られると思います。
また、新たなことに挑戦することの価値を強調させてください。挑戦には失敗や挫折がつきものですし、それらからの学びは極めて重要なので時間の無駄では全くなく、結果として寄り道や遠回りしても全く問題ないと思います。
最後に、学びとうまく付き合うことの重要性を伝えたいと思います。学びとは、受験を経て大学を卒業したら終わるものではなく、仕事を始めても学ぶこと・学ぶべきことはたくさんあります。したがって、人生は学びの連続であり、持久走だといえます。だからこそ、好奇心や小さな疑問を大切に、楽しく学びを続けていくことが大事だと思っています。
せっかくなので、私が大事にしている言葉のうち、「少くして学べば、即ち壮にして為すことあり。壮にして学べば、即ち老いて衰えず。老いて学べば、即ち死して朽ちず。」と「知之者不如好之者、好之者不如楽之者。(之を知る者は之を好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず。)」を共有させていただき、締めくくらせていただきます。
